RECOMMENDED

CATEGORIES

PRESS&RELEASE

FACEBOOK

150827_スライド書き出し_薬進会

好きと仕事がオーバーラップする心地よさの中で。-時計ジャーナリスト 並木浩一-

PEOPLE|2016.2.29 Photography:Satoru Hirayama
Text:Natsu Noguchi

身体と芸術から導く、並木的時計論。

「腕時計って、なぜ腕に着けると思いますか?」

人は無意識で行う行動について、深く考えることは普段ほとんどないだろう。だからか、この並木さんの思いがけぬ投げかけに、思考回路が一瞬止まった。

並木さんの答えはこうだ。
「ブレスレットやネックレス、指輪……など、昔から人々は“関節”を飾ってきました。先住民の入れ墨も同じくです。関節周辺は大きな血管が流れる大切な部分。それだけに、太古より人は関節を意識して見るからとも言えます」。

そして、並木さんは、“人はいかにして身体を意識したか”という原初的な疑問に切り込み、身体と文化・芸術の関係性を大学で研究している。先に投げられた質問は、大学講義の突然の指名のようで、スッと背筋が伸びた瞬間だった。

出版社勤務を経て、現在の大学教授の道へと進まれた並木さん。メディア・文化・芸術論を専門に教鞭を執る傍ら、時計ジャーナリストとして取材、執筆を現在も続けている。パワフルな二足の草鞋だ。世界2大時計見本市には毎年取材に駆け付け、今抱えている雑誌の連載も多数。玉稿を拝読すると、時計を見る冷静さと、まっすぐな愛があふれていた。

時計ジャーナリストとしての道が拓く。

時計業界の論客と呼ばれるほどに、自身の時計ジャーナリズムを築き上げている並木さん。そのきっかけは、約20数年前のジュネーブサロンにあった。

「フランス語を学んでいたということもあり、日本からの取材要員に急遽駆り出されたんです。スイスはドイツ語の国といっても過言ではありませんが、ジュネーブはフランス語圏。取材期間の約1週間、ジュネーブの街にどっぷりと浸りましたね。この滞在がのちの私に鮮烈な影響を与えました」。

people-namiki-03

この時、並木さんの頭の中に蓄積されていたスイス・ジュネーブ、ひいてはヨーロッパ全土の歴史や文化の知識が、形をもって動き出す。バラバラだったあらゆる史実のピースがピタッとはまり出したのだ。思い返すと、ここが時計ジャーナリストとしてのスタート地点だったという。

取材要員として駆り出されたという、ある意味必然ともいえる抜擢も、並木さんの好奇心が引き寄せたひとつの運命だったのかもしれない。
以降20余年、時計ジャーナリストを続けてきた理由を、並木さんは“使命感”と語る。
「最初にジュネーブサロンを訪れたのは、確か3、4回目の開催の時でした。当時、日本からの取材クルーはたった5社ほどだった(最盛期には140社ほど!)こともあり、腕時計の文化を日本にもっと広めたい、という強い想いが芽生えましたね」。

2回目の開催から足を運ぶオロジオ・木村社長も、「今では日本から100名近くのバイヤーが足を運んでますが、あの頃はわずか10数名でしたもんね」と、当時のジュネーブサロンを振り返る。

並木さんは続けて、ジュネーブにおける時計文化の発展の背景も語ってくれた。
「16世紀、フランスのカルヴァン派(カトリック勢力と対立するキリスト教徒)が迫害され、スイス・ジュネーブへと大移動したことが時計産業の発展のきっかけでした。ジュネーブに逃げたカルヴァン派の大半がブルジョアだったこともあり、土着の時計部品づくりが一躍近代産業へと飛躍したんです」。

「カルヴァン派は、労働とは神様が与えた祈りと同じ意味を持つ使命だと考えていました。だから、働くことが最優先だったんです。時計づくりはとても根気のいる作業。このカルヴァン派の強いメンタリティが、時計産業をここまで発展させたと言っていいでしょう」。

好奇心から広がる、研究分野。

並木さんが繰り広げる、時計をキーワードにしたヨーロッパの歴史物語は、ぐいぐいと人を引きつける力がある。“好き”が原動力となり、この領域を突き詰めていった独自の見解が、何よりもおもしろい。

そして大学では、広く“芸術論”という観点で研究しているため、腕時計をはじめ好きな題材が研究分野に加わったことも少なくない。「色んな事柄が絡み合っているから」と並木さんはその理由を語る。

そのひとつが、自身が幼少期から好きだというバレエ。“踊り”という身体性の研究だ。博士課程の論文は“バレエとメディア”を題材に選ぶほど、思い入れがあった。さらには、名立たる時計ブランドがバレエ団のスポンサーになることも多く、とても近しい関係にあるという。
確かに、絡み合っている。

時を切り取るストップウォッチも、男心に刺さる。

これまで、アンティークを含め数えきれないほどの腕時計とともに歩んできた並木さん。この日のパートナーには、〈IWC〉の インヂュニア・オートマチックAMGを選んだ。腕時計を選ぶ際のポイントを聞くと、「ほとんどが見た目の印象で選んでますね」とのこと。その審美眼にかなったのもこの一本だ。

people-namiki-04

さらに聞けば、腕時計のみならず、大のストップウォッチ好きだという。
その世界で、無比の存在として高い評価を受ける名門ブランドが、並木さんのコレクションにも名を連ねる〈Minerva(現在はMONTBLANCの傘下)〉だ。

そこで、コレクションの中から並木さんのお気に入りを見せていただいた。

people-namiki-05

毎時36万振動(毎秒100振動)のムーブメントを搭載し、ギネス記録にも認定された1秒計。1秒計と同じ100振動ムーブメントを搭載する3秒計。そして、海図上で使えるノーティカル・マイル単位専用のマイルメーター。この3点が並木さんの心に留まった。

「固有の時間を切り出せるストップウォッチは、始まりも終わりも自分自身で時間をコントロールできます。測るべき時間をもつレーサーが所有することを考えると、格好いい男の象徴的なアイテムです」。

男心に突き刺さる、ロマンを秘めたストップウォッチ。並木さんは独自の視点でこうも語る。

「“時計ブランドが造る、時計ではないもの”という立ち位置にも惹かれています。あと、ストップウォッチの針は、ずっと12時で止まってますよね。ずっと伏せをしてる犬みたいでカワイイんです(笑)。自分が切り出さない限り、針が固定の位置にある。なんだか従順で、好きなんですよ」。

見せていただいたストップウォッチをはじめ、コレクションはかなりの数に及ぶ。その噂が世界にも轟いたのか、以前、ジュネーブサロンで〈MONTBLANC〉がストップウォッチの展示を行った際、なんと並木さんのもとへ貸し出しのオファーが!そして、実際に“プライベートコレクション”として展示され、ファンを魅了した。

people-namiki-06

大学での研究や授業、雑誌の原稿執筆と忙しくされている並木さんに、最近のオフの楽しみは何か、と尋ねてみた。
「最近は数日間休みがあると、エイサーを観に沖縄へ行ってるんですよ。最近、バレエの踊りから派生して、エイサーの研究を始めたんです」。

並木さんの“好き”はとどまることを知らない。とことん突き詰め、その世界の魅力を外に発信する。誰かに伝え、派生していくことで新しい価値観が生まれ、自ずと自分の前にも新たな世界が広がっていく。並木さんは、そのサイクルの真っただ中だ。

Share on Facebook0Share on Google+0Tweet about this on Twitter0

information

並木浩一
桐蔭横浜大学教授・時計ジャーナリスト 並木浩一
出版社勤務を経て独立。2012年からはメディア論を専門に、桐蔭横浜大学の教授に就任。教壇に立つ傍ら、現在も時計業界の取材を続け、雑誌の連載を多数抱える。著書に『男はなぜ腕時計にこだわるのか』(講談社)、『腕時計のこだわり』(ソフトバンク新書)など。熱狂的な〈Minerva〉製ストップウォッチのコレクターでもある。
pagetop