2016年3月下旬、スイスで迎える3日目の朝。
時差の影響か、初めて過ごすヨーロッパ出張に高揚している為かこの日も明け方前に目が覚めます。
Basel worldでの2日間の商談を終え、本日はZENITHファクトリーツアーへ参加。
時間があるので早めに滞在先のベルンから集合場所のBasel world会場へ向かう為の荷造りを整え、ホテルをチェックアウト。
スイスの首都ということもあるのかベルン駅は早い時間にもかかわらず出勤前の人たちで賑わいをみせています。駅構内に漂うコーヒーや焼きあがったパンの匂いが食欲を掻き立て、列車内で食べる朝食分にと思わず手を伸ばします。
道中、車内から望む長閑なスイスの景色を眺めて過ごす時間は、これからZENITHファクトリーツアーへ参加できる期待とスイスに来て初めての単独行動への緊張感を否が応でも掻き立てます。
【ZENITH】は1865年22歳のジョルジュ・ファーブル・ジャコ氏により創業され、世界に数多ある時計ブランドの中でもムーブメントから自社一貫製造をする数少ないマニファクチュールブランド。
なかでも1969年に発表された毎時36000振動のハイビートが特徴のクロノグラフムーブメント“エル・プリメロ”は世界中の時計愛好家なら必ず名を挙げることの出来るムーブメントで、かつてはROLEXのデイトナやPANERAIのクロノグラフモデルなどにも搭載されていたことがある名機です。
集合場所のBasel world会場からはバスで2時間半程かけてファクトリーのあるヌーシャテル州ル・ロックルへ向かいます。
フランス国境に接したこの地は17世紀より時計製造が営まれ、隣接するラ・ショード=フォンとともに世界遺産登録された場所です。
ル・ロックルに近づくにつれ気温は下がり、残雪が見受けられ、九州出身者として改めて異国の地に来ていることを車内から見える街並みとともに感じさせます。
ファクトリーのある本社に着くとまず入り口正面に創業者ジョルジュ・ファーブル・ジャコ氏のプレート。
ZENITHの人の話だとこのプレートの中に彼の遺骨が埋められているとの事。
このことからもZENITHの彼に対する畏敬の念が伺えます。
ファクトリーは各セクションに分かれパーツの切削や研磨、部品のチェックや組立、動作チェックなど数多くの工程と気の遠くなるような作業を経て完成し世界各国のオーナーの手元に届けられます。
これだけ細かく精巧な部品を人の手によって正確に組立て、アナログな動力のもと、日差数秒ほどの誤差だけで動き続けている事の神秘に改めながら気付かされ、感服させられます。
ファクトリーには多くの女性が働いており、とくに細かいパーツの組み立てなど手先の器用さと根気のいる作業には女性の方が適任であるとの事。
多くの見学者が間近で見ている中、嫌な顔ひとつせず、黙々と細かいパーツを精巧に組立ていく姿には職人技の凄みを感じさせます。
今回のファクトリーツアーで最も感慨深い体験はシャルル・ベルモ氏の屋根裏部屋を見学できた事です。
彼は1970年代初頭、世界がクォーツショックに巻き込まれ多くのブランドが経営危機に追い込まれた最中、ZENITHも例外でなくアメリカ企業に買収。クォーツ時計生産への方向転換を余儀なくされ、機械式時計の金型や道具が競売される中、機械式時計の復権を信じ、密かに重要な道具や資料を工場の屋根裏部屋に隠し“エル・プリメロ”の絶滅を防いだ救世主。
今回、ファクトリーをアテンドしてくれたZENITH本社のポール氏の言葉から何度も彼に対して『HERO』という言葉で話していた事からもZENITHにおける彼の偉大さを窺い知る事が出来る人物です。
歩くとミシミシ音のする屋根裏部屋の床を踏みしめながら彼のエピソードを知る参加者たちから一様に感嘆の声が上がります。
余談ですが、この屋根裏部屋の窓から見える高台にかの有名なスイス生まれの歴史的建築家ル・コルビジェ氏が建てた別荘を見る事ができます。
ファクトリーツアーが終わりZENITH社の用意してくれたヌーシャテル湖岸のホテル「Hotel Palafitte」へ
長旅の疲れとファクトリーツアーの興奮が残る中、ZENITH社の計らいときめ細かなアテンドが今回のスイス出張最後に最高のプレゼントとなりました。